ハチロク チューニング日記 1986年 納車

セカンドカー買い替え&車種選考
 ※ 約30年前の過去を振り返っての掲載となり、既に記憶も曖昧ですが呆けない内に書いておきます...(汗)

 初めてのクルマはタダで貰った、昭和51年式トヨタ スプリンター1400XLという当時18歳の若者が乗るには、あまりにもシブ過ぎる(つまりはジジ臭い)車でした。
それでも嬉しくて色々な所を走り回りました。
51年式故の排ガス規制のため、その遅さは免許取り立ての若造でも十分に感じられる程でしたが...
箱根の峠道上りで軽自動車を抜けなかったなんて事も...

そんな車なんで2T-G搭載計画も立て、家の横には友人から貰ったセリカLB1600GTがスタンバイ(笑)
インパネはアルミ板から切り出し、そこにダルマセリカからタコメーターを移殖(スプリンターにはそんなスポーティーな装備は無し)、ついでにその2/3も使えるかどうかの220km/h表示スピードメーターも移殖。
と、この頃からインパネ自作癖があったようです(笑)

しかし、何でこの時LBに乗り換えるという選択をしなかったのかが、今でも悔やまれます(笑)。
ま、そのお陰で?今こうして箱スカに乗っているのかもしれませんが..

当時は車をイジる腕も知識も資金も無く、所謂「マルビチューン」だけでした。
ペレット触媒を外してストレートパイプにしたり(それでもマフラーを買う金は無い)、早朝からホームセンターのステアリング特売(今でも覚えているパーソナル製2,980円)に並んだり、純正エアクリーナー外してエンジンかからなくなったり(笑)、トヨタ車なのにRALLIARTのステッカー貼ってみたり(恥)、まぁ、今となっては良い思い出です。




 

人生最初で最後の新車??
 この時、86から92にモデルチェンジするという事で、レビン・トレノがFRじゃなくなるというショッキングな時期でした。
スプリンターの車検も切れ、継続も無理な状態(笑)でしたので時期車両購入を検討し、ツインカムターボのセリカ・コロナGT-TRなど悩んだ挙句、無くなってしまうFR、ハチロクの新古車の購入を決断したのでした。
当然、ローンですが...

なぜ幼少からの憧れだった箱スカを考えなかったのか?
それは、箱スカはまだヘタクソな自分が乗ってはいけない、と敷居を高くしていたからなんです。
何かそういう雰囲気に感じていたんですよね〜

で、このレビン、年式は昭和61年式のグレードは「GT」で、4A-G搭載の中では一番安いグレード。
GTVやAPEXとの違いは鉄チン13インチホイールだったり、リヤブレーキがドラムだったり、手動ウィンドウだったり、シートがショボかったり..
ま、でもエンジンは一緒なんで問題無し!

慣らしを終え、レッドまで回した時の感動といったらそりゃもう〜!!

左の画像は友人から8,000円で買ったハヤシ風ダンロップ14インチホイールと、それに付いていた70扁平タイヤ(本来60扁平だけどタイヤが買えなかった)。

 

まずは形から?
 そして、同じくハチロクに乗る近所の中学校時代の同級生から、純正外しの60タイヤと純正ブッタ切りバネを格安で購入、念願の「シャコタン」となった!
当然、ショックなんていう物は買えないので純正のまま、バネ切り車高短である(恥)。

ハヤシ風ダンロップホイールは黒のスプレーで塗って目立たなく?したりして...
まだ側面スモークも違反では無かった時代
しかし、車高短は問答無用で...

 

バネ切りの限界を...
 次第に峠に通うようになり、オープンデフのバネ切り車高短ではどうにもならない(笑)事を痛感するように(当たり前)。
時を同じくして新潟赴任となり、新潟にもサーキットがある(長らく閉鎖されていたが、この時再開された)事を知り、我がハチロクは正常進化を遂げるのでした。

とは言っても脚だけで、車高調整とTDRのショック、LSD、フジツボマフラーといった程度のライトチューン。
サーキットを走り始めるのでした。

 

いきなりですが
 サーキットを走り始め、遂には草レースまで参戦、表彰台に乗ったりもして、そうなるとパワーが欲しくなる訳です。
草レース故にクラス分けも無かったため、ハイパワーターボ車とのバトルになるのです...

で、最終的にSKのD-FitとTRDのN1コンピュータです。
N1コンピュータはノーマルカム対応だったが、将来的にROM書き換え可能になるという情報を当てにして導入。
これで304/304°というハイカムを動かそうという構想でした...
まずはスロットルボディとECUを装着!

 

やっぱりファンネルは格好いい!
 4連スロットルにファンネル!
これで見た目はかなりパワーアップ(笑)。

吸気音も心地よいです!!

 

アナログな感じ
 ECUのコントローラー(微調整が出来た)は灰皿を取り去って装着
パーソナル無線が時代を感じさせます(笑)。


青ファンネル!
 最終的にはFETのブルーアルマイトのカールファンネルを装着、更に見た目馬力は向上!!(笑)

その後にカムの交換に着手し、完成したものの、エンジン中身ノーマル+N1コンピュータでうまく動くはずも無く、結局はカムをノーマルに戻すのでした(爆)

4連スロットルでは無く、キャブ化していれば良かったものの、当時やはり非公認でキャブ仕様は躊躇してしまったんです。


最終仕様
 いつものサーキット草レース、仲間内でトップ争いしてブレーキロック・アッタクを食らい(笑)、それを機にオールペン(業者による)、色はホンダのガンメタで、タイヤは14から13にデチューンしてみたり。

ルーフにはP無線のアンテナを穴開け装着してアンテナ線を出さないようしたり、シートはBRIDEで揃えたり、今見ると頑張ったと思う..

まだデジカメの時代では無かったので画像があまり残ってないのが残念です。








良い車だったと再認識
 ハチロクブーム後の今では、多種多様なチューニングもあり、物凄い進化をしていますが、当時は友人達の乗るFC3S等のハイパワーターボ車を羨ましく思っていた記憶が蘇ります。
しかし4輪でサーキットを走る事になったのも、競技に出場する事になったのも、イジるきっかけも、このハチロクが起点となっているような気がします。

サーキットでのクラッシュを機に、スライドコントロールを学ぶべく、スタッドレスで夜な夜な近所を走り回るものの満足に走る事すらできず、出入りしていたショップの仲間と一緒に行った雪(圧雪アイスバーン)の峠ではエンブレでスピンする始末...
翌日、社用車のスパイク(笑)を借りてリベンジするも全くお話にならず、ラリー用スパイク(当時はまだスパイク使用可能だった)にしたら...

「あぁぁ、こんな世界があったのかぁ〜!!」と感動!!
雪の峠道で「キンコンカンコン」(謎)で走れる驚き、それでもやっぱり荷重移動出来てないとアンダー出してコースアウトして仲間に掘られる悲しみ(爆)...
あの時の楽しさは今でも忘れられません。

雪道での練習はサーキット走行での自信に繋がり、更に楽しくなるものの、ついつい横に向けてしまいタイムが落ちたりもして(笑)
そんなハチロクも、憧れだった箱スカを偶然入手する事が出来たため、手放さざるを得なくなったのです。
304°カムを回せず仕舞いで(笑)

まさかその十数年後にハチロクブームが来るとは、思ってもみませんでしたが...

僅か6年の所有ではありましたが、色々な事を教えてくれたハチロクに感謝!!
                                                               終わり

 

 

 

 

 

※チューニング、修理等についての内容、理論等についてはこの記載事項が全て正しいというものではありません。色々な情報、資料、経験を元に私が個人的に判断したもので、私のクルマに有益なチューニングであっても全てのクルマにおいて通 用するとは限りませんのでご注意下さい。
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